先月、堺市のある解体予定の物件に立ち入る機会があった。昭和40年代に建てられた一戸建て。玄関を開けた瞬間、あの匂いが来た。
あの匂い、というのが難しい。ホコリでもない。カビでもない。腐敗でもない。なんというか、「時間の匂い」とでも言うしかないような、あの感じだ。
「懐かしい」と思う人が多いのが、また面白い。
私も最初は「古い家はこういうもの」だと思っていた。木が古くなったからとか、畳が湿気を吸ったからとか、そういうざっくりした話で納得していた。でも、それって本当に正確な説明なのか?
結論から言う。昭和の家の「あの匂い」の正体は、かなりの部分が壁に吸収・蓄積された生活臭の総体だ。
たとえ話をする。お気に入りのジャケットを、毎日焼き魚の食卓の近くにかけておいたとする。1日では何も変わらない。1週間でも気づかないかもしれない。でも1年後、そのジャケットはもう「焼き魚のジャケット」になっている。繊維が香りの分子を少しずつ取り込んでいくからだ。
家の壁も、まったく同じことをしている。
特に昭和の住宅に多い漆喰や砂壁、あるいは珪藻土系の塗り壁は、湿気を吸って吐く「呼吸する壁」だ。この吸放湿機能は優れた特性で、日本の気候に本当によく合っている。ただ、湿気と一緒に、生活の中で発生する匂いの分子も吸い込んでいる。タバコ。醤油。魚。灯油ストーブの煙。人の体臭。それが何十年分も、層になって壁の内側に残っている。
要するに、壁が生活を記録し続けていた、ということだ。
私が以前間違えていたのは、「匂いは空気中にある」と思い込んでいたことだった。換気すれば消える、掃除すれば消える、と。でも実際には匂いの多くは固体の表面や内部にある。空気中にあるのはそこから「揮発してきた分」だけで、揮発元が残っている限り、匂いはまた戻ってくる。
モワッと来る。窓を開ける。しばらくマシになる。でも翌朝にはまた戻っている。
あの現象の正体がこれだ。
解体現場でその匂いを嗅ぎながら、「これ、何十年分の夕飯の匂いなんだろう」と思った。悪臭でも何でもない。ただ、その家族の時間が染み出してきている感じがして、少し黙ってしまった。
昭和の家の匂いを「懐かしい」と感じる人が多いのは、つまりそういうことだと思う。匂いを記憶する壁と、その匂いを懐かしむ人間。どちらも「溜め込む」のが得意だ。
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