タグ: 消臭のしくみ

  • 新築なのに誰かの臭いがする話

    去年の秋、堺市に持っているマンションで内覧会をやった。築浅の物件ではなく、本当の新築。基礎から建てた。だから当然、誰も住んだことがない。

    なのに、内覧に来た女性が言った。「なんか……誰かの家のニオイがしません?」

    私は「え?」と思いながら、鼻を鳴らした。確かに何かある。生活臭というか、人が暮らした気配というか。でも誰も住んでいない。

    あの瞬間、私は「気のせいだ」と片付けた。内覧が終わって、女性も申し込んでくれた。でも後からずっと気になっていた。

    その後、少し調べてわかったことがある。石膏ボードの話だ。

    マンションの内壁は多くの場合、石膏ボードを貼って、その上にクロス(壁紙)を張る構造になっている。この石膏ボードというのが、海綿のようなものだと思ってほしい。見た目は固い白い板なのに、無数の小さな穴がある。要するに、臭いを吸い込む素材なのだ。

    では新築で何を吸い込んでいるのか。

    工場だ。製材所だ。輸送中のトラックの荷台だ。建材というのは、完成してから現場に届くまで、いくつもの場所を経由する。その間に様々な臭いを吸い込む。人の汗かもしれない。保管倉庫の湿気かもしれない。前のロットの材料が何だったか、誰も教えてくれない。

    以前の私は「新築=無臭」だと信じていた。むしろ「シンナー臭がするのが新築だ」くらいに思っていた。それは正しい部分もある。でも実際には、新築の壁は「無臭の壁」ではなく「別の臭いを吸い込んできた壁」なのだと今は理解している。

    臭いの話をすると、みんな「どこから発生しているか」を考える。でもそれと同じくらい大事なのが「どこに溜まっているか」だ。

    冷蔵庫の中で魚を保存すると、何日か後に他の食材まで魚臭くなる。あれは空間全体が臭いを共有しているからだ。壁も同じことをしている。ただし冷蔵庫よりずっと大きいスケールで、ずっとゆっくりと。

    新築の壁が誰かの臭いを持っているとしたら、それは霊現象でも施工不良でもない。材料がすでに何かを吸っていた、というだけの話だ。

    そう思ったら、少し恐ろしくなった。では中古物件はどうなのか。前の住人が10年暮らした部屋の壁は、何をどれだけ吸い込んでいるのか。クロスを張り替えたくらいで、本当に「リセット」できているのか。

    それはまた別の話になるが、答えは「できていない」だ。

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  • ペットの臭いが壁に染みつく本当の理由

    去年の秋、北区で管理している物件に入居者が退去した部屋があった。猫を2匹飼っていた人で、退去後に鍵を受け取って中に入った瞬間、思わず後ずさりした。

    ドアを開けた瞬間に来る、あの壁全体から押し寄せてくるような感覚。空気というより、部屋そのものが臭いを持っているような感じ。換気してもしばらく消えない。

    最初、私はこれを「臭いが染みついた」と表現していた。染みついた、というのはつまり表面に汚れが付着しているイメージで、だから最初は壁を拭けば取れると思っていた。クロスを拭いて、消臭スプレーをかけて、それでおわり。そういう処理を何度もしてきた。

    でも消えない。数日経つと戻ってくる。

    これが10年以上、ずっと不思議だった。

    調べていくうちに、どうやら私の認識が根本的にズレていたことがわかってきた。「染みついた」というのは表現として間違っていないんだけど、中身が全然違う。臭いの原因になっている物質は、壁の表面だけにいるわけじゃない。

    ペットの尿や皮脂には、アンモニアや脂肪酸など揮発しやすい成分が含まれている。要するに、臭いの元になる物質が蒸発して空気中に漂い続けているということだ。で、その物質の一部は、壁の表面から内側へ、少しずつ浸透していく。クロスの下にある石膏ボード、その隙間、場合によっては下地の木材にまで届いている。

    料理に例えると伝わりやすいかもしれない。フライパンで毎日同じ料理を作り続けると、洗っても洗っても油が抜けきらなくなってくる。あれは鉄やアルミの表面に油分が入り込んでいるからで、表面を拭くだけでは取れない。壁も似たようなことが起きている、と私は今では理解している。

    だから表面を拭いてスプレーをかけても、数日後に臭いが戻ってくる。内側から揮発が続いているから。

    もうひとつ、これは最近知って「そうか」と思ったのだが、猫や犬が同じ場所でマーキングや排泄を繰り返すと、その場所への浸透量が積み重なっていく。1回2回ではなく、何ヶ月も何年も。そうなると、表面の問題どころじゃなくなる。

    「うちの壁ってそうなってたの?」と思うかどうかは、ペットを飼っている年数と、掃除のやり方によると思う。こまめに拭いていればそうはならないのかもしれない。でも多くの場合、気づいたときにはもう染みていた、ということになっている。

    私自身、あの部屋で何度も失敗した。表面しか見ていなかった。

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  • 畳と土壁が、実は天然の空気清浄機だった

    うちのマンションを買うとき、リノベーションで和室を洋室に変えた。

    畳を剥がして、土壁をボードに替えた。それが「古くさいものを新しくした」という話だと、ずっと思っていた。

    でも最近、ある研究者と話して、少し後悔している。


    その人が教えてくれたのは、こういうことだ。

    昔の和室は、においを「換気で飛ばす」のではなく、「壁と床に吸わせていた」

    土壁の表面は、顕微鏡で見ると無数の小さな穴がある。蜂の巣のような、スポンジのような構造。においの分子がその穴に入り込んで、表面にくっつく。これが「吸着」という現象だ。

    畳も同じ仕組みを持っている。イグサという植物でできた畳表は、内部が管状の空洞になっている。1枚の畳のなかに、数百万個単位の小さな空洞があるとも言われる。においはその無数のトンネルに取り込まれていく。

    つまり昔の和室は、部屋全体が巨大なフィルターだったわけだ。


    ここで少し驚いたのが「湿度」の話だ。

    土壁とイグサは、湿気を吸ったり吐いたりする性質がある。乾燥しているときは水分を放出して、湿っているときは水分を吸い込む。これを「調湿」と呼ぶ。

    この調湿の動きが、においの吸着とセットになっている。

    空気中の湿度が変わると、においの分子の動きも変わる。壁や床が湿気を動かすたびに、においもいっしょに引き寄せられる。まるで潮の満ち引きのように、においを少しずつ取り込んでいく。

    機械のフィルターとは、根本的に違うメカニズムだ。


    「でも、吸い込んだにおいはどこへ行くの?」と聞いた。

    答えは少し意外だった。

    一部は壁の内部で分解される。土に含まれる微生物や鉱物が、においの分子をゆっくり変質させる。完全に無臭になるわけではないが、時間をかけて別の物質に変わっていく。

    一部は、天気のいい日に窓を開けると外へ出ていく。吸着は可逆的な現象で、条件が変われば分子は壁から離れる。昔の人が「風を入れる」ことを大切にしていたのは、こういう理屈があったのかもしれない。


    リノベーションで和室を消したとき、ぼくは気づかないうちに「天然の空気清浄システム」を取り除いていた。

    もちろん今の建材が悪いわけじゃない。でも、何百年も使われてきたものが、ちゃんと理由のある仕組みを持っていたという事実は、なんというか、静かに驚かされる。

    「古いから古くさい」わけじゃなかった。

    畳・土壁の吸着と調湿のより詳しいメカニズムは、研究記事で解説しています。