タグ: 消臭のしくみ

  • リフォームしても臭いが戻る本当の理由

    去年の夏、堺市のマンションで現場確認をした。

    孤独死のあった部屋で、オーナーさんが特殊清掃業者に頼んで、仕上げにリフォームまでやっていた。壁紙を全部張り替えて、床も貼り直して、費用は80万近くかかったと聞いた。

    それでも、夏になると臭いが戻ってきた。

    「リフォームしたのに、なぜ」というのが、オーナーさんの最初の言葉だった。私もマンションをいくつか持っていたので、この感覚はよくわかる。以前は私も「壁紙を替えれば解決する」と思っていた。完全に間違いだった。

    壁紙の裏には、石膏ボードというものがある。

    読んで字のごとく、石膏(硫酸カルシウム)でできた板だ。軽くて火に強くて、日本の建物のほぼどこにでも使われている優秀な素材だ。この石膏ボード、実は「呼吸している」。湿気を吸ったり吐いたりする性質がある。それが断熱や調湿に役立っているわけで、本来は長所だ。

    ただ、そこに落とし穴がある。

    臭いの原因になる分子——腐敗臭の成分や揮発性の化学物質、VOCと呼ばれるもの——は、石膏ボードに湿気と一緒に少しずつ吸い込まれていく。要するに、壁の中に臭いが染み込んでいく、ということだ。スポンジに醤油がしみるのと似ている。表面を拭いても、しみた中のものは残る。

    壁紙を替えることは、そのスポンジの表面に新しいラップを貼ることに近い。

    だから、冬は大丈夫だった、という話をよく聞く。夏になったら戻ってきた——これは気温が上がって石膏ボードが吸っていたものを吐き出し始めるからだと考えられる。「よし、これで終わった」と思っていたのに、蒸し暑くなった途端にモワッと戻ってくる。あの感覚を経験したオーナーは何人もいる。

    では、壁を全部剥がせばいいか。

    現実的には無理だ。費用がかさむし、構造に関わることもある。だいたいのリフォーム業者は「もう一度張り替えますか」くらいしか提案してくれない。それで解決した話は、私の周りでは聞いたことがない。

    このあたりが、消臭というテーマのいちばん厄介なところだと私は思っている。表面だけきれいにしても、臭いの根っこが壁の中に残っている限り、季節が変わればまた出てくる。

    ケシサルJapan株式会社でこの問題を研究し始めたのも、もともとは自分のマンションで同じことを経験したからだ。10年以上、「なぜ戻ってくるのか」を考え続けている。答えはまだ全部出ていないと思っている。

    → もっと詳しく知りたい人は研究記事へ

    この研究について情報交換・ご連絡は keshisaru-g@keshisaru.com まで。

  • あなたの家の壁は何十年分の記憶を持っている

    去年の秋、大阪市内の築32年のマンションを内見したときのことだ。

    玄関を開けた瞬間、何とも言えない空気が来た。カビでもない。腐敗でもない。でも確かに「人が長く住んでいた場所の匂い」がした。リフォーム済みで壁紙は真っ白だったのに。

    あのとき私は「壁紙を替えたのに、なぜ?」と思った。
    今なら答えられる。


    壁紙の下には石膏ボードがある。日本の住宅の内壁のほとんどがそうだ。この石膏ボードという素材、実は「呼吸する」。湿気を吸ったり放したりする性質を持っていて、それが快適な室内環境をつくる立役者でもある。

    でも。

    呼吸するということは、空気中を漂うものを一緒に吸い込むということでもある。

    料理の油煙、タバコの煙、汗の蒸気、ペットの体臭、人が毎日呼吸して吐き出すもの。それらが何年も、何十年も、ゆっくりと壁の内側に蓄積されていく。要するに、壁はその家で起きたことを、空気の形で記録し続けているということだ。

    スポンジを想像してほしい。使い古したスポンジを水で洗っても、長年染み込んだ油の匂いは消えない。石膏ボードがやっていることは、あれとよく似ている。


    以前の私は「消臭といえば表面に吹き付けるもの」だと思っていた。マンションオーナーをやっていた頃、退去後の部屋に市販の消臭スプレーをかけて「これで大丈夫」とやっていた時期がある。恥ずかしながら、本当に信じていた。

    でも、また匂いが戻ってくる。
    何度やっても、戻ってくる。

    「よし、これで合ってるはず」と何度思ったか分からない。それが全部、壁の内部に残ったものが再び放出されていたせいだと気づくのに、かなりの時間がかかった。

    壁紙を剥がしても、塗料を塗っても、表面を変えても、石膏ボードの内部に染み込んだ分子はそのまま残る。新しい壁紙は匂いを封印しているだけで、条件が揃えばまたモワッと出てくる。夏場に室温が上がったとき、梅雨で湿度が高くなったとき。壁が「記憶を放出する」タイミングがある。


    ここで一つ、聞いてみたい。

    あなたの家の壁は、何年前に建てられたものか、把握しているだろうか。

    築10年なら10年分。築30年なら30年分。毎日その家で暮らした人たちの、ありとあらゆる生活の痕跡が、壁の内部に層になって積み重なっている。それはリフォームで見た目が変わっても、簡単には消えない。

    消臭の問題を表面だけの話だと思っていると、いつまでも匂いが戻ってくる理由が分からないまま終わる。私がそうだったから、断言できる。

    → もっと詳しく知りたい人は研究記事へ

    この研究について情報交換・ご連絡は keshisaru-g@keshisaru.com まで。

  • 匂い分子は壁のどこに隠れているのか

    去年の夏、天王寺のマンションで孤独死があった。

    特殊清掃の業者が入って、床を張り替えて、壁も一度拭いた。「これで大丈夫です」と言われた。確かにその日はそうだった。

    問題は、夏が終わって秋になったころに起きた。入居希望者を案内したら、「なんか、変な匂いがしますね」と言われた。

    私はその場で固まった。


    あの経験から、「消臭したのにニオイが戻る」という現象をずっと追いかけている。以前は単純に「清掃が甘かったんだろう」と思っていた。拭き残しがあったとか、床下まで染みてたとか、そういう話だと思っていた。

    でも、実はそうじゃなかった。

    匂い分子は、壁の「表面」じゃなくて「中」に入り込む。これが問題の本質だった。


    少し構造の話をさせてほしい。

    一般的な室内の壁というのは、大雑把に言うと「クロス(壁紙)+石膏ボード+断熱材+構造体」という層になっている。要するに、玉ねぎみたいに何枚も重なってる。

    で、匂い分子(専門的にはVOCとか悪臭物質と呼ばれる)は、気体だ。気体は隙間があれば入っていく。パンにバターが染み込むように、壁の層と層の間をじわじわと移動する。

    特に石膏ボードは、湿気を吸ったり吐いたりする素材で、これ自体は建材としてとても優れた性質なのだが、その呼吸する仕組みに、匂いの分子も一緒に取り込まれていく。スポンジが水を吸うのと同じ原理だと思えばいい。

    だから表面を拭いただけでは、中に入り込んだ分子には届かない。


    「じゃあなんで時間が経つと出てくるのか」という話をすると、これは温度と湿度の変化が関係している。

    気温が上がったり、湿度が変わったりすると、壁が吸い込んでいた分子を再放出する。秋になって「変な匂いがする」と言われたあの部屋も、おそらくそういうことが起きていた。

    一度吸い込んだものを、壁が吐き出す。

    これを業界では「再放散」と呼んだりする。要するに「隠れていたものが出てきた」ということだ。


    こう書くと「じゃあ壁を全部剥がすしかないの?」という話になりそうだが、そんな極端な話ではない。匂いがどこにどう潜んでいるかを理解すれば、対処の仕方も変わってくる。

    表面だけを攻めていた時代に戻りたくない、というのが正直な気持ちだ。

    → もっと詳しく知りたい人は研究記事へ

    この研究について情報交換・ご連絡は keshisaru-g@keshisaru.com まで。

  • ピラミッドの壁と、うちのマンションの壁は同じだった

    去年の夏、入居者が亡くなった部屋の原状回復をしていて、業者の人間から�妙なことを言われた。

    「この壁、石膏ボードですよね。石膏って、実はピラミッドにも使われてたんですよ」

    そんな話、急に言われても。

    でも気になって、その夜ちょっと調べてみた。本当だった。古代エジプトのピラミッドの内壁、あの石の継ぎ目を埋めていた素材が、硫酸カルシウムを主成分とする石膏系の材料だというのだ。要するに、4500年前から人間は「壁を平らにするのに石膏を使っていた」ということになる。

    それを知った瞬間、自分のマンションの壁が急に違って見えた。

    現代の建物の壁は、ほとんどの場合「石膏ボード」が使われている。石膏に紙を貼り合わせた板で、軽くて加工しやすい。コストも安い。だから日本の住宅のほぼすべてに入っている、と言っても大げさではないくらい普及している。自分が持っているマンションも、全室そうだ。

    ここまでは知っていた。

    知らなかったのは、石膏がどういう素材かということだ。

    石膏は多孔質、つまり細かい穴が無数にある。スポンジみたいなもの、と言えばわかりやすいか。湿気も吸う。においも吸う。調湿効果があると言われて、昔は「身体にいい素材だ」と思っていた時期もある。

    でも、吸うということは、溜め込むということでもある。

    「よし、消臭した。これで大丈夫なはず」と思っても、しばらくするとモワッとにおいが戻ってくる。あの感覚、特殊清掃の後に何度経験したかわからない。以前は「業者の消臭が甘かったんだろう」と思っていた。でも実は違った。壁の中に吸い込まれたにおいの分子が、時間をかけてじわじわと放出されていたのだ。

    炊き込みご飯を作った後の鍋を洗い忘れて翌朝開けた時のあの感じ、あれに近い。密閉された空間に、じっくり染み込んだものが出てくる感じ。

    石膏ボードの壁は、においを一度受け取ると、なかなか手放さない。

    ピラミッドの壁が何千年も残っているのは、石膏が安定した素材だからだ。安定しているということは、中に取り込んだものも、簡単には出ていかないということでもある。

    4500年前から変わっていない素材が、自分の部屋の壁に貼ってある。そう思うと、においが「染み付く」という感覚が、急にリアルになった。

    → もっと詳しく知りたい人は研究記事へ

    この研究について情報交換・ご連絡は keshisaru-g@keshisaru.com まで。

  • 新築なのに誰かの臭いがする話

    去年の秋、堺市に持っているマンションで内覧会をやった。築浅の物件ではなく、本当の新築。基礎から建てた。だから当然、誰も住んだことがない。

    なのに、内覧に来た女性が言った。「なんか……誰かの家のニオイがしません?」

    私は「え?」と思いながら、鼻を鳴らした。確かに何かある。生活臭というか、人が暮らした気配というか。でも誰も住んでいない。

    あの瞬間、私は「気のせいだ」と片付けた。内覧が終わって、女性も申し込んでくれた。でも後からずっと気になっていた。

    —

    その後、少し調べてわかったことがある。石膏ボードの話だ。

    マンションの内壁は多くの場合、石膏ボードを貼って、その上にクロス(壁紙)を張る構造になっている。この石膏ボードというのが、海綿のようなものだと思ってほしい。見た目は固い白い板なのに、無数の小さな穴がある。要するに、臭いを吸い込む素材なのだ。

    では新築で何を吸い込んでいるのか。

    工場だ。製材所だ。輸送中のトラックの荷台だ。建材というのは、完成してから現場に届くまで、いくつもの場所を経由する。その間に様々な臭いを吸い込む。人の汗かもしれない。保管倉庫の湿気かもしれない。前のロットの材料が何だったか、誰も教えてくれない。

    以前の私は「新築=無臭」だと信じていた。むしろ「シンナー臭がするのが新築だ」くらいに思っていた。それは正しい部分もある。でも実際には、新築の壁は「無臭の壁」ではなく「別の臭いを吸い込んできた壁」なのだと今は理解している。

    —

    臭いの話をすると、みんな「どこから発生しているか」を考える。でもそれと同じくらい大事なのが「どこに溜まっているか」だ。

    冷蔵庫の中で魚を保存すると、何日か後に他の食材まで魚臭くなる。あれは空間全体が臭いを共有しているからだ。壁も同じことをしている。ただし冷蔵庫よりずっと大きいスケールで、ずっとゆっくりと。

    新築の壁が誰かの臭いを持っているとしたら、それは霊現象でも施工不良でもない。材料がすでに何かを吸っていた、というだけの話だ。

    そう思ったら、少し恐ろしくなった。では中古物件はどうなのか。前の住人が10年暮らした部屋の壁は、何をどれだけ吸い込んでいるのか。クロスを張り替えたくらいで、本当に「リセット」できているのか。

    それはまた別の話になるが、答えは「できていない」だ。

    → もっと詳しく知りたい人は研究記事へ

    この研究について情報交換・ご連絡は keshisaru-g@keshisaru.com まで。

  • ペットの臭いが壁に染みつく本当の理由

    去年の秋、北区で管理している物件に入居者が退去した部屋があった。猫を2匹飼っていた人で、退去後に鍵を受け取って中に入った瞬間、思わず後ずさりした。

    ドアを開けた瞬間に来る、あの壁全体から押し寄せてくるような感覚。空気というより、部屋そのものが臭いを持っているような感じ。換気してもしばらく消えない。

    最初、私はこれを「臭いが染みついた」と表現していた。染みついた、というのはつまり表面に汚れが付着しているイメージで、だから最初は壁を拭けば取れると思っていた。クロスを拭いて、消臭スプレーをかけて、それでおわり。そういう処理を何度もしてきた。

    でも消えない。数日経つと戻ってくる。

    これが10年以上、ずっと不思議だった。

    調べていくうちに、どうやら私の認識が根本的にズレていたことがわかってきた。「染みついた」というのは表現として間違っていないんだけど、中身が全然違う。臭いの原因になっている物質は、壁の表面だけにいるわけじゃない。

    ペットの尿や皮脂には、アンモニアや脂肪酸など揮発しやすい成分が含まれている。要するに、臭いの元になる物質が蒸発して空気中に漂い続けているということだ。で、その物質の一部は、壁の表面から内側へ、少しずつ浸透していく。クロスの下にある石膏ボード、その隙間、場合によっては下地の木材にまで届いている。

    料理に例えると伝わりやすいかもしれない。フライパンで毎日同じ料理を作り続けると、洗っても洗っても油が抜けきらなくなってくる。あれは鉄やアルミの表面に油分が入り込んでいるからで、表面を拭くだけでは取れない。壁も似たようなことが起きている、と私は今では理解している。

    だから表面を拭いてスプレーをかけても、数日後に臭いが戻ってくる。内側から揮発が続いているから。

    もうひとつ、これは最近知って「そうか」と思ったのだが、猫や犬が同じ場所でマーキングや排泄を繰り返すと、その場所への浸透量が積み重なっていく。1回2回ではなく、何ヶ月も何年も。そうなると、表面の問題どころじゃなくなる。

    「うちの壁ってそうなってたの?」と思うかどうかは、ペットを飼っている年数と、掃除のやり方によると思う。こまめに拭いていればそうはならないのかもしれない。でも多くの場合、気づいたときにはもう染みていた、ということになっている。

    私自身、あの部屋で何度も失敗した。表面しか見ていなかった。

    → もっと詳しく知りたい人は研究記事へ

    この研究について情報交換・ご連絡は keshisaru-g@keshisaru.com まで。

  • 畳と土壁が、実は天然の空気清浄機だった

    うちのマンションを買うとき、リノベーションで和室を洋室に変えた。

    畳を剥がして、土壁をボードに替えた。それが「古くさいものを新しくした」という話だと、ずっと思っていた。

    でも最近、ある研究者と話して、少し後悔している。


    その人が教えてくれたのは、こういうことだ。

    昔の和室は、においを「換気で飛ばす」のではなく、「壁と床に吸わせていた」。

    土壁の表面は、顕微鏡で見ると無数の小さな穴がある。蜂の巣のような、スポンジのような構造。においの分子がその穴に入り込んで、表面にくっつく。これが「吸着」という現象だ。

    畳も同じ仕組みを持っている。イグサという植物でできた畳表は、内部が管状の空洞になっている。1枚の畳のなかに、数百万個単位の小さな空洞があるとも言われる。においはその無数のトンネルに取り込まれていく。

    つまり昔の和室は、部屋全体が巨大なフィルターだったわけだ。


    ここで少し驚いたのが「湿度」の話だ。

    土壁とイグサは、湿気を吸ったり吐いたりする性質がある。乾燥しているときは水分を放出して、湿っているときは水分を吸い込む。これを「調湿」と呼ぶ。

    この調湿の動きが、においの吸着とセットになっている。

    空気中の湿度が変わると、においの分子の動きも変わる。壁や床が湿気を動かすたびに、においもいっしょに引き寄せられる。まるで潮の満ち引きのように、においを少しずつ取り込んでいく。

    機械のフィルターとは、根本的に違うメカニズムだ。


    「でも、吸い込んだにおいはどこへ行くの?」と聞いた。

    答えは少し意外だった。

    一部は壁の内部で分解される。土に含まれる微生物や鉱物が、においの分子をゆっくり変質させる。完全に無臭になるわけではないが、時間をかけて別の物質に変わっていく。

    一部は、天気のいい日に窓を開けると外へ出ていく。吸着は可逆的な現象で、条件が変われば分子は壁から離れる。昔の人が「風を入れる」ことを大切にしていたのは、こういう理屈があったのかもしれない。


    リノベーションで和室を消したとき、ぼくは気づかないうちに「天然の空気清浄システム」を取り除いていた。

    もちろん今の建材が悪いわけじゃない。でも、何百年も使われてきたものが、ちゃんと理由のある仕組みを持っていたという事実は、なんというか、静かに驚かされる。

    「古いから古くさい」わけじゃなかった。

    → 畳・土壁の吸着と調湿のより詳しいメカニズムは、研究記事で解説しています。

    この研究について情報交換・ご連絡は keshisaru-g@keshisaru.com まで。