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  • 畳と土壁は、最初から消臭していた

    去年の秋、京都の町家を改装した宿の現場に立ち会う機会があった。築80年以上。壁をはがしたら、土壁が出てきた。

    職人さんが「ここ、においしませんよね」と言った。

    確かにしなかった。80年以上人が住んでいたのに。

    そのとき私は「古い家って乾燥してるからじゃないの」くらいにしか思っていなかった。正直、そこで思考が止まっていた。でも後になって調べるほど、あの「においしない」には、ちゃんとした理由があったと分かった。

    土壁の主成分は粘土と砂と藁。この中に無数の微細な孔(あな)がある。要するに、スポンジみたいな構造だ。においの分子が空気中に漂っていると、この孔に吸い込まれる。壁全体が巨大な吸着フィルターとして機能していた、ということになる。

    畳も似ている。イグサには「フラボノイド」という成分が含まれていて、これが消臭に働く。しかも多孔質。新品の畳が妙にいい匂いで、しかも部屋がすっきり感じるのは、雰囲気だけじゃなくて化学的な根拠がある。

    ここで「以前の自分」の話をしたい。

    マンションオーナーをやっていた頃、私は「古い和室はにおいが染みついて厄介」だと思っていた。和室の退去後は畳を替えて、壁を塗り替えて、それで「リセット完了」という感覚だった。

    完全に逆だった。

    畳も土壁も、長年かけてにおいを吸い続けてきた結果、限界を超えると一気に放出する。要するに飽和状態だ。炊き込みご飯を作り続けた木製のしゃもじが、ある日突然カビ臭くなる感じに近い。吸っていたものが出てくる。

    だから「においが戻る」現象が起きる。

    私がケシサルJapan株式会社を立ち上げるきっかけになった疑問のひとつが、まさにこれだった。消臭したはずなのに、数日後にまた臭い。あれは壁や床が「吸ったものを吐いていた」んだと、今ならわかる。

    面白いのは、土壁も畳も、本来は「吸って、乾いたら放す」という呼吸サイクルを持っていたことだ。においも湿気も、適切に換気された環境では拡散されて問題にならなかった。でも気密性が上がった現代の住宅に昔の素材を残すと、放す先がなくなる。

    閉じた瓶の中でスポンジを絞っても、水は逃げない。

    そういう話だ。

    → もっと詳しく知りたい人は研究記事へ

    この研究について情報交換・ご連絡は keshisaru-g@keshisaru.com まで。

  • 畳と土壁が、実は天然の空気清浄機だった

    うちのマンションを買うとき、リノベーションで和室を洋室に変えた。

    畳を剥がして、土壁をボードに替えた。それが「古くさいものを新しくした」という話だと、ずっと思っていた。

    でも最近、ある研究者と話して、少し後悔している。


    その人が教えてくれたのは、こういうことだ。

    昔の和室は、においを「換気で飛ばす」のではなく、「壁と床に吸わせていた」。

    土壁の表面は、顕微鏡で見ると無数の小さな穴がある。蜂の巣のような、スポンジのような構造。においの分子がその穴に入り込んで、表面にくっつく。これが「吸着」という現象だ。

    畳も同じ仕組みを持っている。イグサという植物でできた畳表は、内部が管状の空洞になっている。1枚の畳のなかに、数百万個単位の小さな空洞があるとも言われる。においはその無数のトンネルに取り込まれていく。

    つまり昔の和室は、部屋全体が巨大なフィルターだったわけだ。


    ここで少し驚いたのが「湿度」の話だ。

    土壁とイグサは、湿気を吸ったり吐いたりする性質がある。乾燥しているときは水分を放出して、湿っているときは水分を吸い込む。これを「調湿」と呼ぶ。

    この調湿の動きが、においの吸着とセットになっている。

    空気中の湿度が変わると、においの分子の動きも変わる。壁や床が湿気を動かすたびに、においもいっしょに引き寄せられる。まるで潮の満ち引きのように、においを少しずつ取り込んでいく。

    機械のフィルターとは、根本的に違うメカニズムだ。


    「でも、吸い込んだにおいはどこへ行くの?」と聞いた。

    答えは少し意外だった。

    一部は壁の内部で分解される。土に含まれる微生物や鉱物が、においの分子をゆっくり変質させる。完全に無臭になるわけではないが、時間をかけて別の物質に変わっていく。

    一部は、天気のいい日に窓を開けると外へ出ていく。吸着は可逆的な現象で、条件が変われば分子は壁から離れる。昔の人が「風を入れる」ことを大切にしていたのは、こういう理屈があったのかもしれない。


    リノベーションで和室を消したとき、ぼくは気づかないうちに「天然の空気清浄システム」を取り除いていた。

    もちろん今の建材が悪いわけじゃない。でも、何百年も使われてきたものが、ちゃんと理由のある仕組みを持っていたという事実は、なんというか、静かに驚かされる。

    「古いから古くさい」わけじゃなかった。

    → 畳・土壁の吸着と調湿のより詳しいメカニズムは、研究記事で解説しています。

    この研究について情報交換・ご連絡は keshisaru-g@keshisaru.com まで。