タグ: 消臭の仕組み

  • 梅雨になると臭いが戻る理由、やっと分かった

    去年の6月、天満のマンションの一室でそれを確認した。

    前の年の秋に特殊清掃を入れて、消臭施工も終えて、冬の間はまったく何も感じなかった部屋だ。入居者も「大丈夫ですか」と聞いたら「全然問題ありません」と言っていた。なのに梅雨に入った途端、廊下に立っただけでモワッとした。

    正直、頭が真っ白になった。

    「消えた」と思っていたのに、戻ってくる。これが何年も続いた謎だった。以前の私は「施工が甘かったんだろう」と自分を責めるか、「業者の腕が悪い」と外に原因を探していた。でも、それは違った。

    問題は、壁そのものにあった。

    室内の壁の多くは石膏ボードでできている。この素材は湿気を吸ったり吐いたりする。それ自体はすごい機能で、じめじめした日本の気候に適応した賢い建材だと私は思っている。呼吸している、と言っていい。

    ただ、呼吸というのは空気だけを選んでくれない。匂いの分子も、一緒に吸い込む。

    要するに——臭いは「消えた」のではなく、「壁に眠っていた」だけだった。

    冬は乾燥しているから、壁は匂いの分子をギュッと閉じ込めたまま動かない。それで「消えた」と錯覚する。梅雨になって湿度が上がると、壁が一斉に水分を吸い始める。そのとき、眠っていた分子が一緒に吐き出される。パァッと、部屋の中に放出される。

    たとえるなら、冷凍した魚を解凍するとニオイが出てくるのに似ている。消えていたわけじゃなくて、温度が低い間は動いていなかっただけ。梅雨の湿気が、冷凍庫から出したときの「室温」と同じ役割を果たす。

    これを知ったとき、私は「10年、何をやっていたんだ」と思った。表面を消臭するだけでは、壁の奥に蓄積されたものには届かない。梅雨という季節は、ごまかしを暴く装置として毎年やってくる。

    「湿度が高い日に臭いが戻る」という経験のある人は、表面の問題じゃないと疑ってみてほしい。壁が呼吸している、その事実から考え直す必要がある。

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  • 畳と土壁は、最初から消臭していた

    去年の秋、京都の町家を改装した宿の現場に立ち会う機会があった。築80年以上。壁をはがしたら、土壁が出てきた。

    職人さんが「ここ、においしませんよね」と言った。

    確かにしなかった。80年以上人が住んでいたのに。

    そのとき私は「古い家って乾燥してるからじゃないの」くらいにしか思っていなかった。正直、そこで思考が止まっていた。でも後になって調べるほど、あの「においしない」には、ちゃんとした理由があったと分かった。

    土壁の主成分は粘土と砂と藁。この中に無数の微細な孔(あな)がある。要するに、スポンジみたいな構造だ。においの分子が空気中に漂っていると、この孔に吸い込まれる。壁全体が巨大な吸着フィルターとして機能していた、ということになる。

    畳も似ている。イグサには「フラボノイド」という成分が含まれていて、これが消臭に働く。しかも多孔質。新品の畳が妙にいい匂いで、しかも部屋がすっきり感じるのは、雰囲気だけじゃなくて化学的な根拠がある。

    ここで「以前の自分」の話をしたい。

    マンションオーナーをやっていた頃、私は「古い和室はにおいが染みついて厄介」だと思っていた。和室の退去後は畳を替えて、壁を塗り替えて、それで「リセット完了」という感覚だった。

    完全に逆だった。

    畳も土壁も、長年かけてにおいを吸い続けてきた結果、限界を超えると一気に放出する。要するに飽和状態だ。炊き込みご飯を作り続けた木製のしゃもじが、ある日突然カビ臭くなる感じに近い。吸っていたものが出てくる。

    だから「においが戻る」現象が起きる。

    私がケシサルJapan株式会社を立ち上げるきっかけになった疑問のひとつが、まさにこれだった。消臭したはずなのに、数日後にまた臭い。あれは壁や床が「吸ったものを吐いていた」んだと、今ならわかる。

    面白いのは、土壁も畳も、本来は「吸って、乾いたら放す」という呼吸サイクルを持っていたことだ。においも湿気も、適切に換気された環境では拡散されて問題にならなかった。でも気密性が上がった現代の住宅に昔の素材を残すと、放す先がなくなる。

    閉じた瓶の中でスポンジを絞っても、水は逃げない。

    そういう話だ。

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  • 昭和の家の匂いは、壁が記憶していた

    先月、堺市のある解体予定の物件に立ち入る機会があった。昭和40年代に建てられた一戸建て。玄関を開けた瞬間、あの匂いが来た。

    あの匂い、というのが難しい。ホコリでもない。カビでもない。腐敗でもない。なんというか、「時間の匂い」とでも言うしかないような、あの感じだ。

    「懐かしい」と思う人が多いのが、また面白い。

    私も最初は「古い家はこういうもの」だと思っていた。木が古くなったからとか、畳が湿気を吸ったからとか、そういうざっくりした話で納得していた。でも、それって本当に正確な説明なのか?

    結論から言う。昭和の家の「あの匂い」の正体は、かなりの部分が壁に吸収・蓄積された生活臭の総体だ。

    たとえ話をする。お気に入りのジャケットを、毎日焼き魚の食卓の近くにかけておいたとする。1日では何も変わらない。1週間でも気づかないかもしれない。でも1年後、そのジャケットはもう「焼き魚のジャケット」になっている。繊維が香りの分子を少しずつ取り込んでいくからだ。

    家の壁も、まったく同じことをしている。

    特に昭和の住宅に多い漆喰や砂壁、あるいは珪藻土系の塗り壁は、湿気を吸って吐く「呼吸する壁」だ。この吸放湿機能は優れた特性で、日本の気候に本当によく合っている。ただ、湿気と一緒に、生活の中で発生する匂いの分子も吸い込んでいる。タバコ。醤油。魚。灯油ストーブの煙。人の体臭。それが何十年分も、層になって壁の内側に残っている。

    要するに、壁が生活を記録し続けていた、ということだ。

    私が以前間違えていたのは、「匂いは空気中にある」と思い込んでいたことだった。換気すれば消える、掃除すれば消える、と。でも実際には匂いの多くは固体の表面や内部にある。空気中にあるのはそこから「揮発してきた分」だけで、揮発元が残っている限り、匂いはまた戻ってくる。

    モワッと来る。窓を開ける。しばらくマシになる。でも翌朝にはまた戻っている。

    あの現象の正体がこれだ。

    解体現場でその匂いを嗅ぎながら、「これ、何十年分の夕飯の匂いなんだろう」と思った。悪臭でも何でもない。ただ、その家族の時間が染み出してきている感じがして、少し黙ってしまった。

    昭和の家の匂いを「懐かしい」と感じる人が多いのは、つまりそういうことだと思う。匂いを記憶する壁と、その匂いを懐かしむ人間。どちらも「溜め込む」のが得意だ。

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  • 壁の中身はスポンジより細かい——ナノの穴の話

    去年の夏、大阪市内で管理しているマンションの一室に入った瞬間、モワッとした。

    空室のはずなのに、なんというか、前の住人がまだそこにいるような感覚。エアコンをつけても、換気してもなかなか消えなかった。

    「壁を拭けば取れるだろう」と思っていた時期が、私にも長かった。表面を綺麗にすればいい、と。でも実際は全然違った。


    壁紙の裏に石膏ボードがある。これは知っている人も多いと思う。ではその石膏ボードの中身がどうなっているか、考えたことはあるだろうか。

    石膏という素材、要するに硫酸カルシウムという鉱物を固めたものなのだが、これが固まる過程でものすごく細かい穴が無数にできる。スポンジの穴ではない。ナノメートル単位の穴だ。

    1ナノメートルというのは、1ミリの百万分の一。そんな穴が壁の中にぎっしりある。

    要するに、家の壁はミクロで見ると穴だらけの構造をしている。


    これを知ったとき、私が最初に思ったのは「海綿(かいめん)みたいだな」だった。水族館で見るあの生き物。あれも全身が無数の小穴でできていて、水をどんどん取り込む。石膏ボードはそれのもっと細かいバージョン、と思えばイメージしやすい。

    そしてこの穴が、湿気を吸ったり吐いたりする。「呼吸する壁」なんて言い方もする。湿度が高い日は吸って、乾燥した日は吐き出す。これ自体はすごく良い機能で、快適な住環境を作る一因にもなっている。

    ただ。

    ここが面白いところなのだが、壁が吸い込むのは水分だけじゃない。


    においの分子も、一緒に吸い込む。

    タバコ、料理、体臭、そしてもっと強烈なもの。あのモワッとした空気の中に漂っていたものが、少しずつ、少しずつ壁の奥に入り込んでいる。

    表面を拭いても消えない理由が、ここにある。拭けるのはあくまで「表面」だけ。ナノの穴の中に入り込んだものには、普通の方法では届かない。

    「よし、これで取れたはず」と何度思ったか。そのたびにしばらくして臭いが戻ってくる。あの感覚が、今は説明できる。


    壁は「面」じゃない。「塊」だ。ナノの穴を持った、奥行きのある塊。そう思い直してから、ニオイの問題への向き合い方がガラッと変わった。

    ケシサルJapan株式会社で研究を続けているのも、結局はその「奥」にどうアクセスするか、というところに尽きる。それだけの話なのだけど、これがなかなか難しい。

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  • 壁1㎡の中に、東京ドーム何個分の穴が開いている

    先月、堺市のマンションで壁紙の張り替え工事に立ち会った。

    職人さんが石膏ボードの断面をカッターで切ったとき、断面がものすごく細かい粒粒で構成されているのが見えた。砂糖を固めたような感じ、とでも言えばいいか。「これ、スカスカじゃないですか」と思わず声に出してしまった。

    以前は、壁というのは「固体の板」だと思っていた。触れば硬いし、叩けばコツコツ鳴る。固体=隙間がない、という思い込みが自分の中にずっとあった。

    でも本当にそうなのか?

    石膏ボードを顕微鏡レベルで見ると、無数の微細孔が走っている。要するに、表面は「面」ではなく「穴だらけのスポンジ状の構造」だということだ。平らに見えているのは目が粗いだけで、ミクロで見れば洞窟が密集している。

    では、壁1㎡の本当の表面積はどれくらいか。

    材料科学の研究では、多孔質素材の「真の表面積」は外から見える面積の数万倍から数十万倍になることがある。計算の仮定によって数字は変わるが、石膏ボード1㎡の真の表面積が数千㎡に達するという話は、素材の世界では珍しくない。

    東京ドームのグラウンド面積が約1.3万㎡。

    つまり壁1枚の中に、それに匹敵するような表面積が折り畳まれている可能性がある。「かもしれない」と書きたいところだが、数字の桁が合っているのだから、事実として向き合うしかない。

    カステラを想像してほしい。外から見れば長方形の一塊だが、断面には無数の気泡がある。あの気泡の内壁をすべて広げたら、外から見た表面積の何倍になるか。石膏ボードで起きているのはそれと同じことで、しかも気泡の大きさがカステラより遥かに小さい分、表面積の倍率はケタ違いになる。

    「で、それが何なの?」と思う人がいるのはわかる。

    匂いの分子は、この無数の穴に入り込む。

    タバコのヤニでも、孤独死の現場のニオイでも、揮発した成分は空気中を漂った後、行き場を求めてこの微細孔に潜り込む。表面積が大きいほど、吸い込める量も増える。東京ドーム何個分の内壁に、ニオイの分子が貼り付いているとしたら——消臭スプレーを壁の表面にシュッとかけるだけで解決しようとしていた自分が、いかに的外れだったか。

    「よし、これで消えたはず」と思っていた。何度も。

    そのたびに数日後にモワッと戻ってくる理由が、今はわかる。

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