去年の秋、パリに行く機会があった。
観光ではなく、建材の視察という名目だったが、正直なところ半分は個人的な好奇心だった。
モンマルトルの丘の裏側を歩いていたとき、古いアパルトマンの壁が崩れかけているのを見た。外壁の漆喰がめくれて、中から白っぽい層が顔を出していた。
「あ、これだ」と思った。
石膏だった。
モンマルトルという地名を知っている人は多いだろう。観光地として有名だ。でも、あの丘の地下にかつて膨大な量の石膏が眠っていたことを知っている人は、それほど多くない。
18世紀のパリでは、石膏の採掘が産業として成立していた。丘を掘って、焼いて、粉にして、建物の壁に塗る。要するに「その辺の地面を削って壁を作っていた」ということだ。
英語で「プラスター・オブ・パリ」と呼ばれる焼き石膏は、文字どおりパリ発祥の素材だった。
これが大陸ヨーロッパ全体に広まり、19世紀以降は日本にも入ってきた。今、私たちが住んでいるマンションや戸建の内壁に使われている「石膏ボード」は、この長い系譜の末端にある。
ここからが本題なのだが、私は長年「石膏ボードは単なる壁の芯材だ」と思っていた。断熱材を包む板、みたいなイメージ。
でも、それは間違いだった。
石膏ボードは湿気を吸ったり吐いたりする。「呼吸する」と表現する人もいる。正確には「吸放湿」という。スポンジを部屋に置いているようなものだ、と言えば伝わるだろうか。空気が乾燥すると水分を吐き出し、湿度が高いと吸い込む。
これは長所だ。部屋の湿度を自然にコントロールしてくれる。ヨーロッパの古い建物が何百年も「住める」状態を保てた理由のひとつが、ここにある。
ただ——。
水分だけを吸うわけじゃない、というのが問題で。
マンションオーナーをやっていた頃、孤独死の後の部屋を何度か引き受けた。専門の業者に頼んで、消臭もして、一見きれいになった。でもしばらくするとニオイが戻ってくる。
「また戻った」と業者に連絡すると、「もう一度施工します」という話になる。これを何度繰り返しただろうか。
当時は「消臭剤が弱いのか」と思っていた。でも今は違うことがわかっている。壁が吐き出しているのだ。
石膏ボードが吸い込んだ匂いの分子が、温度や湿度の変化をきっかけに少しずつ放出される。だから「消えた」と思ったニオイが戻る。表面だけきれいにしても、壁の中に残っている限り、終わらない。
パリの石膏職人が「この素材は呼吸する」と言ったとき、彼らはそれを誇りに思っていただろう。吸って、吐いて、部屋の空気を整える。それは正しい。
ただ、吐き出すものが何かによって、話は変わってくる。
この研究について情報交換・ご連絡は keshisaru-g@keshisaru.com まで。
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