左官職人が黙って知っていたこと

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去年の秋、大正区の古い物件をリノベするときに、70代の左官職人と二日間一緒に現場にいた。

その人、ほとんどしゃべらないのに、壁を触っただけで「ここ、湿気が抜けてないな」って言うんだよ。

私は「え、見ればわかるものですか?」と聞いた。

「見るんじゃなくて、感じるんです」と言われた。

そのとき私は正直、「年寄りのカン話か」くらいに思っていた。

完全に間違っていた。


その後しばらく経って、消臭の勉強を改めてやり直しているときに、左官の世界で「呼吸する壁」という言い方があることを知った。漆喰や珪藻土でできた壁は、湿気を吸って、乾燥すると放出する。呼吸、というのはそういう意味だ。

要するに、壁は生きている。

私はずっと、壁を「固い仕切り」だと思っていた。でも実際には、壁は部屋の湿度を調整しながら、においの分子まで一緒に吸い込んでいる。

炊き込みご飯を毎週作っている台所を想像してほしい。換気扇を回していても、あの油と醤油のにおいは、壁の中に少しずつ積み重なっていく。表面を拭いても消えないのは当たり前で、においはすでに「中」にいるからだ。

スポンジを洗わずに絞るだけで、「きれいになった」と思っているのと同じことをずっとやっていた、と気づいたのが3年ほど前。


左官職人が体で知っていたのは、「壁は一枚のフィルターだ」ということだと、私は今そう解釈している。

古い物件に入ったとき、パァッと何かがくる感じ、わかる人にはわかると思う。あれは空気のにおいじゃなくて、壁が長年かけて吐き出しているものだ。

孤独死の現場で何度も消臭をかけてもにおいが戻ってきた経験がある。「よし、これで終わりのはず」と思うたびに戻ってきた。当時は製品の問題だと思っていたけど、違った。壁の中から出てくるものを止めていなかっただけだった。

左官職人はそれを言葉にはしなかったけど、手で知っていた。

私は10年かけてようやく、その意味がわかってきた気がしている。

→ もっと詳しく知りたい人は研究記事へ

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