あなたの家の壁は何十年分の記憶を持っている

執筆者:

カテゴリ:

去年の秋、大阪市内の築32年のマンションを内見したときのことだ。

玄関を開けた瞬間、何とも言えない空気が来た。カビでもない。腐敗でもない。でも確かに「人が長く住んでいた場所の匂い」がした。リフォーム済みで壁紙は真っ白だったのに。

あのとき私は「壁紙を替えたのに、なぜ?」と思った。
今なら答えられる。


壁紙の下には石膏ボードがある。日本の住宅の内壁のほとんどがそうだ。この石膏ボードという素材、実は「呼吸する」。湿気を吸ったり放したりする性質を持っていて、それが快適な室内環境をつくる立役者でもある。

でも。

呼吸するということは、空気中を漂うものを一緒に吸い込むということでもある。

料理の油煙、タバコの煙、汗の蒸気、ペットの体臭、人が毎日呼吸して吐き出すもの。それらが何年も、何十年も、ゆっくりと壁の内側に蓄積されていく。要するに、壁はその家で起きたことを、空気の形で記録し続けているということだ。

スポンジを想像してほしい。使い古したスポンジを水で洗っても、長年染み込んだ油の匂いは消えない。石膏ボードがやっていることは、あれとよく似ている。


以前の私は「消臭といえば表面に吹き付けるもの」だと思っていた。マンションオーナーをやっていた頃、退去後の部屋に市販の消臭スプレーをかけて「これで大丈夫」とやっていた時期がある。恥ずかしながら、本当に信じていた。

でも、また匂いが戻ってくる。
何度やっても、戻ってくる。

「よし、これで合ってるはず」と何度思ったか分からない。それが全部、壁の内部に残ったものが再び放出されていたせいだと気づくのに、かなりの時間がかかった。

壁紙を剥がしても、塗料を塗っても、表面を変えても、石膏ボードの内部に染み込んだ分子はそのまま残る。新しい壁紙は匂いを封印しているだけで、条件が揃えばまたモワッと出てくる。夏場に室温が上がったとき、梅雨で湿度が高くなったとき。壁が「記憶を放出する」タイミングがある。


ここで一つ、聞いてみたい。

あなたの家の壁は、何年前に建てられたものか、把握しているだろうか。

築10年なら10年分。築30年なら30年分。毎日その家で暮らした人たちの、ありとあらゆる生活の痕跡が、壁の内部に層になって積み重なっている。それはリフォームで見た目が変わっても、簡単には消えない。

消臭の問題を表面だけの話だと思っていると、いつまでも匂いが戻ってくる理由が分からないまま終わる。私がそうだったから、断言できる。

→ もっと詳しく知りたい人は研究記事へ

この研究について情報交換・ご連絡は keshisaru-g@keshisaru.com まで。

コメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です