去年の秋、北区で管理している物件に入居者が退去した部屋があった。猫を2匹飼っていた人で、退去後に鍵を受け取って中に入った瞬間、思わず後ずさりした。
ドアを開けた瞬間に来る、あの壁全体から押し寄せてくるような感覚。空気というより、部屋そのものが臭いを持っているような感じ。換気してもしばらく消えない。
最初、私はこれを「臭いが染みついた」と表現していた。染みついた、というのはつまり表面に汚れが付着しているイメージで、だから最初は壁を拭けば取れると思っていた。クロスを拭いて、消臭スプレーをかけて、それでおわり。そういう処理を何度もしてきた。
でも消えない。数日経つと戻ってくる。
これが10年以上、ずっと不思議だった。
調べていくうちに、どうやら私の認識が根本的にズレていたことがわかってきた。「染みついた」というのは表現として間違っていないんだけど、中身が全然違う。臭いの原因になっている物質は、壁の表面だけにいるわけじゃない。
ペットの尿や皮脂には、アンモニアや脂肪酸など揮発しやすい成分が含まれている。要するに、臭いの元になる物質が蒸発して空気中に漂い続けているということだ。で、その物質の一部は、壁の表面から内側へ、少しずつ浸透していく。クロスの下にある石膏ボード、その隙間、場合によっては下地の木材にまで届いている。
料理に例えると伝わりやすいかもしれない。フライパンで毎日同じ料理を作り続けると、洗っても洗っても油が抜けきらなくなってくる。あれは鉄やアルミの表面に油分が入り込んでいるからで、表面を拭くだけでは取れない。壁も似たようなことが起きている、と私は今では理解している。
だから表面を拭いてスプレーをかけても、数日後に臭いが戻ってくる。内側から揮発が続いているから。
もうひとつ、これは最近知って「そうか」と思ったのだが、猫や犬が同じ場所でマーキングや排泄を繰り返すと、その場所への浸透量が積み重なっていく。1回2回ではなく、何ヶ月も何年も。そうなると、表面の問題どころじゃなくなる。
「うちの壁ってそうなってたの?」と思うかどうかは、ペットを飼っている年数と、掃除のやり方によると思う。こまめに拭いていればそうはならないのかもしれない。でも多くの場合、気づいたときにはもう染みていた、ということになっている。
私自身、あの部屋で何度も失敗した。表面しか見ていなかった。
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